バックパッカー旅行記(2004.8.6〜9.5)

2004年3月末、就職活動が終了し、学生生活もちょうどあと一年となった。自由な時間を楽しむことができるのもあと僅かだということで、是非しておきたいことを考えた。海外旅行デビューは大学に入ってからだったが、毎回新たな感動があったこともあり、最後の夏休みは旅行漬けにすることを決心した。
そして、就活中に買って少しずつ読んでいた沢木耕太郎の「深夜特急」を読み終わった時には、バックパックで気ままな旅をすることを決心していた。そして、バックパッカー旅行ならやはりアジアだろうということで、バックパッカーの黄金ルート、「メコン川周辺4ヵ国」の旅を計画する。5月には、航空券の予約まで済ませた。

もちろん航空券だけ予約する旅に全く不安がなかったと言えば嘘になる。しかし、そんな不安よりも遥かにアジアの刺激的な世界への期待が勝っていた。前期はひたすらバイトに励み、約30万円を貯め、まずは兄と一緒にアメリカに飛び立った。8日間の旅を終え、成田空港に到着。その夜アジアへと旅立った。荷物はバックパック1つ。感染症の予防接種など一切受けず・・・。

ここに、日々ノートにつけていた日記に、そのときの写真を多少まじえながら転記したいと思う。

※現地通貨(2004年夏)
タイバーツ:1B=約2.7円
カンボジアリエル:4000R=$1
ベトナムドン:15000VND=$1
ラオスキープ:10000K=$1

8月6日 東南アジア旅行開始!

成田を20時20分に離陸し、台北へと向かった。
約3時間のフライトだ。アメリカ旅行から帰ってきてわずか6時間くらいの日本滞在だった。疲れていたので、寝たかったのだが、子ども連れが多く、機内はかなりのさわがしさで眠れなかった。
台湾に着き、手早く入国手続きを済ませて、市内へとバスで向かった。50分ほどで台北駅に到着し、そこから歩いて予約してあるホテルを目指す。。。
が、少し道に迷って見つけることができない。
地元の人に尋ねると、とても快くしかもホテルが見える場所まで案内してくれた。台湾人はいい人だ。
到着したコスモスホテルは、フロントの対応も日本語可で、疲れた体には嬉しかった。部屋も入室直後に小さなゴキブリ君を見つけた以外は満足。翌朝の出発が早いこともあり、すぐに就寝した。

8月7日 バックパッカーの聖地、カオサンロードへ!しかし・・・

朝、5時に起床し、6時にはホテルをチェックアウトし、空港までちょっとぜいたくしてタクシーで向かう。
台北・バンコク間はほとんどが外国人だった。
11時過ぎにバンコクに到着し、100B(1B=約3円)のエアポートバスでバックパッカーの集まるカオサンロードへ。
暑さに参っていたところ、ちょうど日本人宿を発見したのでチェックイン。ドミトリーという共同部屋だが、1泊100Bだ。
しかし、ここは長期滞在者がたくさん集まっていて、マリファナを吸ったり、ギター弾いてたりで全く馴染めず、すぐ外に散歩に出てしまった。
ネットカフェに行ったりしたが、移動の疲れもあって、散歩もほどほどに宿に戻って、ぐうすか寝てしまった。
そして、明日早くもカンボジアへと出発することを決心する。

8月8日 カンボジアへ
6時40分、宿を出発する。
長距離バスターミナルへ行くバスがよくわからないので、タクシーに乗り込む。200B。メーターを倒すのを確認しなかったため、ややぼられた。そこで、国境行きのバスチケット(164B)を購入する。しかし、9:30発で、1時間半くらい待ちぼうけをくらってしまった。


↑長距離バスターミナルの様子
バスはなかなか快適で、水やお菓子もでた。水はかなりまずかったが・・・
4、5時間とのことだったが、4時間くらいで国境の町、アランヤプラテートに到着。
そこから国境まではトゥクトゥクで50B。国境でうろうろしていたところ、変な人に声をかけられ、彼に従って、国境を通過。
チップ500Bをよこせという。高い!と思ったが、確認しなかった自分も悪いので400B払った。
そして、カンボジア側の町、ポイペットからアンコールの町、シェムリアップまでまたバスだ。
道はかなりひどい。でこぼこ道なうえに、サスペンションなんてものは知りませんといった感じのバスがいたすら走るんだから、揺れはひどいものだ。
2、3回の休憩を経て、6時間くらいで到着。
そのまま、到着したゲストハウスに泊まることにする。部屋はあまりきれいじゃないし、共同シャワー・トイレだが、一泊3ドルとのこと。

↑部屋はこんな感じ。写真写り良すぎだ。。。シーツは湿ってるし、共同シャワーにはカラフルなとかげがたくさんいます。
洗濯とシャワーを済ませて、10時頃には就寝する。
明日からはアンコール遺跡めぐりだ。

8月9日 アンコール初日
7:30に起床し、朝食を食べる。フランスパンとオムレツだけの簡単なものだが、わずか1ドルほどだ。
バイクタクシーをチャーターし、アンコールトム、タ・プロム、タ・ケオ、アンコールワット、プノンバケンといったメジャーどころをひたすら回った。
アンコールトムでLay(ライ)という学生に案内してもらった。丁寧にガイドしてくれたが、最後に僕は学生で学校に通うためにお金が必要だからチップをくれという。仕方無しに、$20近く渡してしまった。最初にチップはいくらだと聞いたら、いらないと言ってたくせに。。。やれやれだ。。
タ・プロムは自然と遺跡との融合という感じで、個人的に大好きだった。
アンコールワットではスコールに遭い、びしょ濡れになってしまった。
見晴台のような場所、プノンバケンで夕日を見るはずだったが、またしても雨で見れずに、宿に戻る。
疲れて、熟睡。

8月10日 アンコール2日目
ちょっと離れたところにあるバンティア・スレイというところと、滝の中に彫刻がある面白い山に行った後、アンコール周辺に戻って来て、東メボン、タ・ソム、ニャック・ポアン、プリア・カン、そして昨日見れなかった夕日をプノンバケンで鑑賞。
東メボンで、アーンちゃんという、かわいらしい女の子に出会う。
とにかく色んな国のコインを集めてるらしいので、余っていたアメリカのコインをあげる。そしたら、お礼にアーンちゃんが描いた花の絵を暮れた。(しかし、これをその後なくしてしまう。。。涙)

↑これがそのアーンちゃん。ちょっとモデルっぽいポーズです。

プノンバケンで夕日を待っているときにまたしてもスコールに見まわれたが、近くにいたカンボジア人の二人兄弟が快く傘に入れてくれたうえに、帽子を貸してくれた。

宿に帰ったら、またしても熟睡。

8月11日 アンコール最終日
朝5時におきて、アンコールワットに朝日を見に行った後、
シェムリアップから約70キロのところにあるベン・メリアという遺跡へ。ここは、ポル・ポトのクメール・ルージュによって、半分以上が破壊されてしまっていて、ガイドなしではどう歩いてよいのかわからないような状態だった。しかし、ここは「天空の城ラピュタ」のモデルになった場所だとか。
その後、まだ見ていないバンテアイ・クデイ、スラ・スラン、プレ・ループといった遺跡をみて、アンコール制覇した。

次に向かったのは地雷博物館へ行った。無料だが、かなりのみごたえだ。ここの館長はかつて地雷を埋める作業をさせられていた人らしい。
戦争が終わった今、こういう活動をするってことはすばらしいことだ。今日も館長は地雷除去作業をしているとのことでいなかった。実際に地雷の被害にあった子どもたちもたくさんいた。「生か死か地雷か」という写真集が売られていて、全額がこの博物館や地雷除去などに利用されるとのことなので、$7で購入した。

最後に行ったのは、キリングフィールド。何人もの人がクメール・ルージュによって殺された場所だ。塔があって、その中にはたくさんの被害者の頭蓋骨が詰められていた。。。
すぐとなりには日本語学校があり、僧が教えてるとのこと。日本の寄付によって建てられたとこらしく、児童は無料で通ってるとのこと。$10の寄付をした。

宿に戻り、バイクタクシーに3日間のお金を払う。少しもめたが、結局$100近くとられてしまった。
まぁ、日本でこれだけの旅をしたらもっともっととられるし、仕方ないか。。。
3日間の疲れがとれずにいたので、町にでて、マッサージを受ける。一時間$6だったが、クメールマッサージはいまいちだった。。。

8月12日 プノンペンへ
シェムリアップまではバスできたので、プノンペンへはトンレサップ川を下るエキスプレスボート($23)に乗ることにする。水上生活者なども見られて、そこそこ楽しかったが、これなら時間もかかるが$6で乗れるバスでも良かったかなと思った。

↑水上生活者
プノンペンに到着し、客引きがたくさん。治安がかなり危ないとのことだったので、安心できる宿を要求する。で、アジアホテルという1泊$15のとこへ。町の中心、セントラル・マーケットからもすぐ近くでいい場所だ。チェックイン後、少し休んで、セントラルマーケットをぶらつき、目覚し時計とポストカードを購入。屋台で焼きそば(1500R、4000R=$1)を食べてみる。うまい!!
夜はホテルの前にいたラッキーと名乗るバイクタクシーにカンボジアの地元民が集う食堂に連れていってもらい、アンコールビアと野菜のたくさん入った焼きそばのようなものを食べる。2人で$2.5です。しかもおいしい!満足して、ホテルへ戻る。

8月13日 プノンペン観光
朝食付きとのことで、ホテルのレストランでバゲットサンドとコーヒーの朝食をとる。
その後、バイクタクシーを$7でチャーターし、市内観光。
ロイヤルパレス(王宮)が素晴らしかった。アンコールの彫刻なども素晴らしかったが、ここにきて、現代のカンボジアの建築物に出会えた気がした。公式のガイドも$5ながら素晴らしく、思わず$1のチップをあげてしまった。
次に、いったのは国立博物館。ここはアンコールでみたような石像などが多く、それほど楽しくはなかった。現代の農工具や食器などは興味深かった。
次に、トゥールスレーン刑務所を見に行く。ここもまた、クメール・ルージュが多くの人々を虐殺したことで有名な場所だ。無数にはられた犠牲者の顔写真や暴力行為を描いた絵を正視することはできなかった。独房などを写真撮影しようと思っていたが、そんなことはとてもできなかった。カンボジア人の優しい性格はこのような悲劇も影響しているのかもしれないと思った瞬間。
最後に、ワットプノンという大きな寺院に行く。寺院自体は特別感じるものはなかったが、中国の寄付した大きな花時計は美しかった。
ここには赤ちゃんを抱いてお金をせがむ子や足のない人たちがたくさんいて、心苦しかった。
一度ホテルに戻り、昨日に引き続き、セントラルマーケットに行き、ノースフェイスのウェストバックを購入!$13から$10に値切った。
夜はラッキーと共にキックボクシングを観戦しにいく。入場料はたったの$1だ。しかし、かなり間近でみることができた。観客のほとんどはお互いに賭けをしているらしく、ボクサーの一挙手一投足を真剣に大声をあげながら見ていた。

8月14日 ついにヴェトナムへ
朝食は昨日と同じバゲットサンドと、Lipton Ice Milk Teaなるものを注文する。出てきたのはリプトンとは名ばかりのBEST TEAとかかれたティーバッグの入ったコップ。ミルクはもちろんおなじみ練乳なので甘い。。
6:45にバスが迎えにくるはずだったが、結局来たのは7:10頃。さすがカンボジアタイム。
バスはなかなか快適で国境での待ち時間を合わせても6.5時間ほどだった。歩いて国境を越えるのは気持ちがいいもんだ。
ホーチミンに着き、客引きに連れられ、2件ほど宿を見て、1泊$10のNhu Lan Hotelというとこに決める。TV・風呂・エアコン付きで清潔でこの値段はお得だ。
さっそく街をぶらつく。朝以来何も食べてなかったので、 屋台でフォー・ボー(スープ麺に牛肉が入ったもの。7000D)を食べる。うまい。しかし、唐辛子を入れ過ぎて舌がヒリヒリしてしまったので、マンゴージュース(4000D)を買って宿へ戻り、シャワーを浴びて、少し休んで寝る。

8月15日 クチ・トンネル、カオダイ寺院一日ツアー
今日は、ヴェトナム戦争のときに使われた巨大の防空壕のようなものであるクチ・トンネルと釈迦や孔子などさまざまな人を崇めているカオダイ教のカオダイ寺院を回る1日ツアー($4)に参加した。
自分以外の参加者は全員欧米人でした。びっくり。しかも、バスガイドの英語はかなーり聞き取りづらい。。。
カオダイ寺院はなにやらとてもカラフルだった。正午の礼拝を見学した。うーむ。ここはなしでもよかったかなぁという印象。。
クチ・トンネルは中がとても狭く、じめじめしていて、汗だくになりながら突き進んだ。ヴェトナム人は小さいからやはりするすると抜けていく。しかし、当時たいした機械も使わずに、これだけのトンネルを掘った人はすごい。一緒のツアーに参加していたドイツ人とオランダ人と少し話した。
ツアーから18時頃帰還するが、やたらと頭痛がしたため、すぐに宿に戻って、頭痛薬を飲んで寝る。
夜、再び起きて、テレビでやっていたマンチェスターU対チェルシーを観戦する。しかし、割と凡戦でした。試合が終わって、12時には就寝。

8月16日 ホーチミン市内観光
ぐっすり9時間寝て9時に起床。
ぶらぶら歩こうと思うが、バイタクにつかまる。一日で、$30だと。ありえないと思って、無視しようとするが、相手が値段を下げてきたので、ちょっと話してみる。まぁ、なかなか人柄のよさそうな人なので、だまされたと思って、乗ってみることにする。
まずは戦争証跡博物館へ。ヴェトナム戦争の悲惨さ・アメリカの残酷な行為を知る。枯葉剤の影響で生まれた奇形児のホルマリン漬けなどもあって、かなり生々しかった。
昼食のチャーハンを食べて、次は統一会堂(旧大統領官邸)に。ここでは無料のガイドツアー(英語)が実施されていたので、参加する。なかなかの見ごたえであった。
そして、次はフェリーに乗って、サイゴン川を渡り、対岸の郊外へと出る。そこで、市の中心部とは違った郊外の魅力を堪能し、また町へ帰ってきて、最大の市場ベンタイン市場でバイタクにおろしてもらい、さよなら。やはり、値段には見合ってないなぁ。これからはもっとシビアに値段交渉しなきゃいけない。
市場は活気があってとても良い。色んな店を見てまわるだけでも楽しい。かわいらしいヴェトナム人の女の子に売り込まれるとついつい買ってしまいそうになる。
夕食は屋台で生春巻を1本(1000D)と、フォー・ボーを食べる。どちらもおいしい。最後に、おなじみのジュース屋でパインジュースを買って、宿に戻る。
明日あたりここを出発しようかとも思ったが、居心地がとても良いので、もう一日いることにしよう。こんなことができるのも、バックパッカーの醍醐味だ。

8月17日 ホーチミン最終日
7時に起床し、まずラオス領事館へビザを取りに行く。ガイドブックでは$56とのことだったが、$50だった。それでもバンコクやプノンペンでとるよりもだいぶ高いが。。。所要時間20分で取得!
ふらふら歩き始めると、実にたくさんのバイタクが声をかけてくるが、今日は歩きたい気分なので、すべて無視する。
一通り、町を歩き、ポストカードを買って、高級そうなカフェで手紙を書く事にする。アイスカフェモカとフレンチトーストで60000D。贅沢!と思いきや、これでも実は440円程度だと思うと、気楽なもんだ。ゆっくり手紙を書く事もできたことだし、満足!
早速、郵便局へ投函しにいく。ここの郵便局はフランス植民地時代からあるものらしく、かなり美しい建物だ。
ベンタイン市場によって、サンダル(110000D)をゲットし、宿に戻ろうとすると、木梨似のバイタクからマッサージのお誘い。盲人マッサージ($3)を試してみる。これはかなり当たりだった。このバイタクを信用し、彼がお勧めするアメリカンマーケットにもいってもらう。ここで、米軍使用のコンパスとボールペンをゲットし、宿へ戻る。
シャワーを浴びて、もう一度町へ出ようとするが、雨が・・・宿の人に屋台へ連れていってもらい、そこで、ホッヴィロン(ふ化寸前のアヒルの卵をゆでたやつ)を食べる。普通に考えたら、気持ち悪すぎて食べられたもんじゃないが、宿の人が熱心に勧めるのと、旅の開放感から食べてみる事にする。ゆずこしょうで食べるのだが、なかなかイケル。2つも食べてしまった。日本じゃこんなの食えないよなー。さらにハマグリを食べる。最後にバナナジュースを飲んで、宿に戻る。

↑これがそのホッヴィロン。グロテスクなもん見せてすみません(笑)
しばし、宿の人とトークする。彼は以前この宿を訪れた日本人女性と恋におちたが、今は連絡が途絶えていて、とても悲しい思いをしているらしい。
そして、今日がホーチミン最終日だということで、なんと夕食に招いてくれた。ヴェトナムの家庭料理を存分に堪能させてもらった。ヴェトナムの家族はとても仲がいい。お母さんの「This is my family」という誇らしげな言葉がとても印象に残っている。「幸せな家庭」そのものだ。
こんな意外なサービス(?)が、人を感動させるんだなぁと思った。
夕食後もしばし、トークを楽しみ、就寝する。


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